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市民コミュニティの強化が産業振興にも
松本市が目指すこれからの地方発展
2023. 02. 28
黒と白の城壁のコントラストがアルプスの山々に映える国宝・松本城。そこから東へ徒歩15分ほどのところにあるイオンモール松本では、2017年以降、毎週水曜日に館内を歩き回る「イオンモールウォーキング」と呼ばれるイベントが定着化している。毎回参加するのは60代から80代の高齢者ら15人ほど。なかには遠方からはるばるやってくる参加者もいる。
「健康に気をつかおうとしても一人では何をやっていいのかわからない。気の合う仲間と一緒だから長く続けられるのだと思います」。参加者を相手にストレッチなどの指導をしている松本市の特定非営利活動法人「CFM実行委員会」の大嶋淳子さんはこう話す。
高齢者らがつながるコミュニティづくりのきっかけとなったのが、松本市が2015年に立ち上げた一般財団法人「松本ヘルス・ラボ」の存在だ。ラボの会員になれば、こうしたイベントに無料で参加したり、骨密度や姿勢、体組成などを松本市の中心市街地にあるラボオフィスで測定したりできる。ラボの取り組みに協賛する松本市内の飲食店などでの割引も受けられる。
松本市の「健康」をキーワードに市民のコミュニティづくりからスタートした松本ヘルス・ラボ。めざすのは、市民が企業に協力することで生活者視点から新しいヘルスケア産業を創出し、その恩恵を企業が市民に還元することで健康増進を進め、さらには地域の産業振興にもつなげることだ。会員数は昨年末におよそ5千人に達した。
そんなラボの取り組みに大手企業も注目する。たとえば森永乳業は昨年9月からラボと松本市立病院と連携し、松本地域の住民3千人を対象に食事や生活習慣の聞き取りや血圧測定を行う調査事業を進めている。ラボは森永乳業から事業の一部を受託して会員への参加呼びかけなどで協力している。調査を主導する同社研究本部素材応用研究所の中野学さんは「これだけの大規模調査ができるのもラボ会員の協力あってこそ」とメリットを説明する。
同社はこれまでも、松本市や信州大学と連携して、たんぱく質のラクトフェリン入りのヨーグルトを幼稚園・保育園児に食べてもらい、感染性胃腸炎の発症率を低下させることを確認したり、ビフィズス菌の働きに着目し、生後間もない赤ちゃんの腸内環境への影響と健康状態などを松本市立病院の協力を得ながら、調べたりしてきた。「市民の方々から機能性食品を開発していくための研究データをいただいているが、そこから商品化につなげることで地域社会の健康課題の解決に貢献したい」と中野さん。
加えて、松本市には医療機関や大学などの研究機関が集積していることから、ヘルスケア分野の商品やサービスを開発する際に必要な科学的根拠(エビデンス)をこうした専門機関と連携して構築しやすいことも企業の関心を引きつける要因になっているという。実際、森永乳業以外にもキューピーや富士フイルム、東洋ライス、セイコーエプソンなどが松本市と連携しながら商品の研究開発に取り組んできた。
とはいえ、こうした企業と市民との連携が目に見える形で地元の産業振興につながっているのかはまだ見えにくい面もある。松本ヘルス・ラボ専務理事の降旗克弥さんは「松本ヘルス・ラボが大手企業の実証実験の場の提供から、松本地域の企業と連携して新しい事業を創出し、地域経済の発展に貢献することで住みやすいまちづくりに早く結びつけることが今後の課題」と話す。
ラボの取り組みが果たして、大企業と地場企業との連携や県外から有能な人材を引きつける呼び水となるか。健康まちづくりと産業振興の二兎を追う松本市の取り組みから今後も目が離せない。