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約3000に及ぶ超多項目健康ビッグデータを解析

大学がコアとなり、住民と企業、自治体をつなぐwell-beingの社会モデルを実現

2024. 06. 18

青森県弘前市の住民を対象に大規模な健康調査を続けている「岩木健康増進プロジェクト」が20年目を迎えています。これまでで延べ約2万人にのぼるビッグデータの解析を進め、生活習慣病の予防や病気の早期発見をめざす取り組みに、50社近い大企業が参画してきました。京大や東大をはじめとした全国の大学とのネットワークも広がっています。子どもからお年寄りまで幅広い世代の人々が健康に暮らすには、どのようなまちづくりが求められるのでしょうか。プロジェクトを牽引する弘前大学の村下公一教授にうかがいました。

――岩木健康増進プロジェクトはどのような取り組みなのでしょうか

青森県弘前市で20年目に入った岩木健康増進プロジェクト(弘前大学/健康未来イノベーション研究機構提供)

弘前大学では2005年、弘前市岩木地区の住民を対象に、健康増進活動として大規模な健康診断を始めました。年1回(6月ごろ)、医師を含む約300人の医師スタッフらを地区の公民館に集め、10日間かけて約1千人の住民の大規模合同健診を実施します。住民の方々には1人あたり5~8時間ほどかけて約50検査ブースをまわってもらい、血液検査、骨格、腸内細菌など全身を網羅する約3千項目のデータを取得し、蓄積してきました。体力測定や、アプリを使った認知機能の計測、味覚検査など、通常の健康診断ではあまりないような多岐にわたる項目が含まれます。新型コロナ下でも感染予防対策を徹底したうえで継続し、今年で20年目になりました。

プロジェクトを立ち上げたきっかけは、日本が超高齢化社会を迎えるなかで、高齢者の健康増進や医療費の削減などが社会課題になっていたことです。さらに、青森県は平均寿命が全国最下位の状況が続き、特に働き盛り世代の死亡率が他県に比べて高いといった「課題先進地域」だったことも背景にありました。「短命県」の返上に向けて弘前市や青森県と連携し、住民や企業、他大学や研究機関を巻き込んで文部科学省・国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムの一大研究拠点として研究活動を発展させています。

――ビッグデータを分析して、どんなことがみえてきましたか

岩木健康増進プロジェクトでは住民は約50検査ブースを回る(弘前大学/健康未来イノベーション研究機構提供)

プロジェクトで蓄積している健康情報は、体格や体組成、血液や尿検査といった生理・生化学データだけでなく、就寝時間や食事内容などの個人生活活動データ、労働環境や家族構成、学歴を含めた社会環境的データ、さらにはゲノム解析による分子生物学的データもほぼ網羅的にカバーしています。従来のビッグデータは病気になってからのものが少なくありませんが、本プロジェクト健診で得られるのは健常者のデータであることが大きな特長です。

データを解析することで、たとえば「歩くスピードと軽度認知障害(MCI)は関係がある」「握力や骨密度低下が認知機能の低下の前兆として現れることもある」「野菜の摂取量がメタボと関係がある」といったことなどがみえてきます。長年にわたって幅広いデータが蓄積されていくことで、解析の精度があがり、みえてきた仮説の実証性や再現性も高まります。さまざまな項目のデータから、それぞれの人がどういう健康状態になっていくか予測できるようになり、生活習慣の指導にもつながっていきます。

――多様な業種から名だたる企業がプロジェクトに参画しています

企業との連携はプロジェクトに欠かせません。現在は四十数社が健康調査に参加し、データの解析を進めています。資生堂は肌の状態と心や身体の健康の関連を分析し、NECは顔の動画を撮影することで病気予測につなげられないか研究しています。マツダは、車の運転シミュレーションと認知能力の関連性を調べ、サントリーは水分の摂取と健康状態の関係を明らかにする研究を進めています。ほかにも、明治安田やDMG森精機など一見するとヘルスケアとは関係のないような多様な業種の企業が、それぞれの強みをいかした解析に力を入れています。

大学間の連携も強化しています。ビッグデータを蓄積、研究する大学は増えており、健康長寿の背景因子の解明をめざす京都府立医科大や、病気の予兆発見の研究に力を入れる九州大学、また和歌山県立医科大学、沖縄の名桜大学などと連携を図っています。また、データ解析に取り組む大学のネットワークも広がっており、ゲノムデータ解析による疾患予兆発見の開発をめざす東京大学や、データ解析による新たなAI疾患発症予測モデルの構築に取り組む京都大学などとの共同研究開発も進めています。ほかに、名古屋大学、東京医科歯科大学などとも連携し、解析を進めています。

――ビッグデータ解析で得られた知見を、どう地域のまちづくりに還元していきますか

青森県内の小中高校や大学では、健康に関する授業を開いたり、授業を受けた生徒が自ら測定員となった測定会を実施したりして、ヘルスリテラシーを高める活動を始めています。これからは、健康を基軸に企業や団体の参画をさらに促すことで地域経済を活性化(循環)させ、地域住民は健康商品を消費しながら、QOL(クオリティー・オブ・ライフ)の高い健康寿命をのばす「Well-being」な地域社会モデルを創っていきたいと考えています。

その一つの取り組みとして、健康アプリ「kencom(ケンコム)」(DeNA)の運用を始めています。弘前市の住民を対象に、健診の結果や経年変化が表示されるとともに、ウォーキングコースを示すなど適切な運動や食事を呼びかけ、日々使うことによってヘルスリテラシーを高めるシステムです。このアプリをベースに、将来的に参加企業からもプログラムメニューやサービスが示され、大学や企業、市民のマッチングで健康増進につながる仕組みを構築していきたいと考えています。

企業にとっては健康データを取得することで新商品の開発につながり、住民にとっては自身の健康情報を知ったり、希望すれば企業からのサービスを無料で受けたりすることができます。自治体にとっては、健康な住民が増えれば医療費など社会保障費が最適化されます。「三方良し」で健康なまちづくりへの貢献をめざしています。

超多項目ビッグデータを蓄積する「岩木健診」に加えて、検査項目を「メタボ」「口腔保健」「うつ病・認知症」「ロコモ(骨そしょう症や筋減弱症)」の4つの重要領域に絞り込んだコンパクト型の「QOL健診」も展開しています。これはすでにパッケージ化し、大学のみならず参画企業である明治安田が全国で実施しており、海外ではベトナムやフィジーにもノウハウを伝えています。これまでの蓄積をいかして弘前から地域社会モデルを確立させ、国内外を問わず健康まちづくりの取り組みを展開することを目標に、さらに研究を進めていきます。

(聞き手・野村雅俊)

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